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若手が週刊誌にスポイルされている!

『日経アソシエ』の特集記事

2003/10/27

『日経アソシエ』2003/11/04号に「独自アンケートでわかった!抵抗勢力は役員になれない40〜50代・若手の51%が上司にスポイルされている」という題名の報告が特集記事として掲載されていた。もちろん僕はわが意を得たりと思ってはじめて『日経アソシエ』を手に取る気になったわけではない。どれほどいい加減な報告かを知って失望を味わうために読んだ。期待にたがわず、大いに失望させられる記事だった。

まずそのアンケート結果とやらを見てみよう。「Q1あなたの芽を摘み、やる気をなくさせる上司はいますか?」という質問に対して51%が「はい」、49%が「いいえ」と答えている。この回答結果をもって『日経アソシエ』は上述のような題名をつけているのだ。読者の皆さんはおそらく49%もの回答者が「いいえ」と答えていることに驚くだろう。この質問について回答者は真っ二つに分かれているのであって、決して「やる気をなくさせる上司がいる」という回答が多数派ではない。あまりに中立的なこの回答結果から「若手が上司にスポイルされている」という主旨の特集を組むのはかなり強引だ。この点をまず確認しておきたい。

それ以降の質問は次のように続く。「Q2あなたの提案をつぶしてしまう人の年齢層は?」「Q3あなたの提案をつぶしてしまうのはどの役職の人ですか?」「Q4やる気をなくさせる上司と、仕事でどのようにつき合っていますか?」「Q5会社、上司の方針に賛同していますか?」「Q6上司の判断を押し切って仕事を成し遂げたことはありますか?」

たとえばQ2に対する回答は、41〜45歳 26%、46〜50歳 22%、51〜55歳 25%、56〜60歳 14%となっている。回答者が25歳から39歳までであることを考えると、この分布は単に回答者の職場に存在する回答者より年上の社員の年齢分布そのままに見える。だとするとこの回答にも意味がないし、そもそもの質問も無意味だ。仮に41〜50歳の割合が合計で回答の80%を超えているなどの結果が出ていれば、特殊な分布として分析する価値もあるだろうが、この結果では分析の価値もない。この特集の中では40〜59歳という回答が全体の87%と圧倒的多数を占めた、としたり顔だが、平均的な日本企業の職場で39歳以下の社員を除外すれば、おそらく40〜59歳が80%近くを占めるのではないか。しかも60歳以上が回答者である25〜39歳と仕事上直接の関係をもつ場合は少ないだろう。やはりこの質問は無意味のようである。

そもそもこの記事を執筆した記者は回答結果の分析にあたって、回答者企業の社員の年齢分布を基礎データとして収集するという、必須の段階を無視している。この記者は基本的な統計処理能力を欠いているのだ。おそらく学生時代にまともに統計学を学習しないまま、こんな記事を書いてしまったのではないか。得られた回答が単に事実としての年齢分布をなぞっているだけなのか、回答者の主観が反映されたものになっっているのか、その検証をしないままに「全体の87%と圧倒的多数を占めた」と表現するのは、ひとりよがりでしかない。Q3の回答結果の分析もまったく同じひとりよがりに陥っているので、ここで批判することは省略する。

分析の客観性が欠如しているために、そこから引き出される議論も強引になっている。「無能な上司と指示待ち部下」「会社や上司の良し悪しにかかわらず、若手ビジネスパーソンは自ら積極的に動かなければ、仕事で成果を出したり、自己実現を果たすことはできない」とまで書かれたのでは、最近の若者が書籍だけでなく雑誌さえ読まなくなっているという統計もうなずける。上質な雑誌を提供するはずの日経BP社が若手社員向けに発行している週刊誌の記事でさえこの水準なのだから。

この特集記事は何一つ新しいことを言っていない。世間の通説を繰り返しているだけで、仕事帰りの居酒屋でのグチ大会に一花そえる程度の成果しかあげていない。仮にこの特集記事の記者が読者と同じ若手社員で、この特集記事で一つの成果をあげたと考えているとすれば、読者の期待する品質を甘く見すぎている。

仮に本特集の主張どおり、若手社員が年長社員の政治的圧力が原因で仕事の非効率性を経験しているとすれば、それは上司が無能だからでもないし、部下が指示待ちばかりしているからでもない。また、若手が自ら積極的に動かないからでもない。組織の問題を生み出しているのは組織の構造であって、構成員の行動ではない。構成員の行動は組織の構造が生み出した結果であって、原因ではない。

組織の問題は組織の構造、つまり企業組織で言えば各管理職階層への権力の配分や、人事評価の制度、報酬や昇進の決定方法などの結果である。若手社員がこの特集記事を読み、「よっしゃ!俺も明日から会社に頼らず独力でがんばるぞ!」と奮起したところで、組織の問題は何ひとつ解決しない。この特集記事の背後には暗黙の理論として、一人の構成員の情熱が組織の問題を解決することができるという主張があるようだが、非常に日本の古典的な精神論である。敵にやみくもに体当たりする、美しき神風特攻隊の精神といえば分かりやすいだろうか。

本特集が掲載している3つの実例を検討すると、これらのことがさらに裏付けられる。最初の実例はクラリオンの若手社員の事例だ。この事例を読むと、クラリオンが何らかの組織改革に着手せざるを得なかった直接の原因が、筆頭株主である日産のリバイバルプランだということが分かる。普通に考えればこれは株主による上からの改革であって、それまで散発的にくすぶっていた若手の声が、幸運にも時期が重なって経営陣に取り上げられたというだけのことである。

この事例が始まる時点で「主役」である若手社員は、「トップダウンが必要とばかり言っていたのではダメだ」と奮起している。にもかかわらず、最後の部分では同じ人物が「現場の若手だけの改革では限界がある。管理職の人たちにも協力を仰ぎ、全社を挙げて積極的に改革に取り組みたい」という抱負を語っている。彼らは自分たちの地道な活動がようやく日の目を見たと考えているのかもしれないが、何が組織改革の正しい戦略かを決めるのは、経営者や株主である。そして彼らが組織の構造を変える意思を持たない限り、若手社員の活動もやがては無視される。その結果、業績が悪化したとしても、やはりそれは経営者や株主の責任というだけのことなのだ。

2つめの事例は日商岩井からスピンオフしてベンチャーを立ち上げた2人の若手である。そう、スピンオフしたということでこの2人はすでに新会社の経営者なのであって、アンケートに回答した若手社員とは決定的に異なる。彼らは自助努力で組織の問題を解決したのではなく、若手社員という位置から抜け出すことで、問題を回避することに成功したにすぎない。これはが若手による組織改革の成功事例ではない。

3つめの実例は、バンダイで女性用のブリーフを企画して成功した女性若手社員の事例だ。気の進まない上司に対してサンプル商品で実績を作り、販売にこぎつけたという成功物語だが、これは若手が下からの組織改革に成功した事例だろうか。もちろん違う。アパレル企業出身の彼女を中途採用し、その新しいマーケティング手法を取り入れたバンダイ経営陣の成功事例だ。この事例のポイントは、彼女がアパレル事業部にちゃんと配属されているという点である。これが経営陣の改革への意思でなくてなんだろうか。彼女の上司は彼女に明確に反対したのではなく、中年男性であるがゆえに、女子高生の嗜好など分からないので消極的だっただけである。それに対して実績を作るというのは正攻法であって、組織や社内制度など、同社の基盤にあるしくみを変革したわけではない。

この特集があげている事例は以上の3つだが、この3例をどれを読んでも一体この特集は何が言いたかったのだろうと途方にくれる。果ては以前にこのホームページでも著書をご紹介したスコラ・コンサルタント代表、柴田氏のアドバイスが掲載されている。「改革に乗り出す際の5つの心得」として、「1.会社のためではなく、自分のためにやる」。いやいや、自分のためにやる改革を会社なんかでやらないで欲しい。巻き込まれる社員はたまったものではない。「2.すぐに上に受け入れられると考えるな、時間がかかることを覚悟せよ」。トップダウンの改革であっても、根本的な組織改革をやろうと思えば時間がかかるのは当然だ。「3.引き算ではなく、足し算で人を見ろ」。人生訓としては含蓄があるが、汎用的すぎて改革のための心得として特に取り上げるのはどうか。別に「コップに入っている半分の水は半分しかないのでなく、半分もあると考えよ」でもいいだろう。「4.高い成果を上げている人が、必ずしもキーマンとは限らない」。このあたりでそろそろ組織の戦略そのものと決別することが視野に入ってくる。「5.会社のトップがどうしても受け入れないようなら、最後は会社を辞めるぐらいの覚悟を持て」。ということで、最終的には辞表提出も考慮することになる。

組織改革を意思決定するのはあくまで経営陣や株主であって、現場の若手社員ではない。しかも改革を始めた人が正しいと信じていることが、その会社の経営にとって本当に好業績をもたらすかどうかは、結果を見るまで誰にも判断できない。事前に結果が分からないからこそ、経営陣や株主など会社の業績から直接影響をうける利害関係者に、意思決定の権限が与えられているのだ。リスクに見合う利益配分という、極めて合理的なシステムである。

これらの議論から導き出される結論は、自分が正しいと信じていることと、会社の戦略が食い違っているなら、若手社員が選択できるのは、会社の戦略に従うか、会社を辞めるかのどちらかである、ということで、これ以外の何ものでもない。そしてこの特集記事の最後に登場するテンポスバスターズ社長は「最後は会社を辞めることになった」人なのである。できすぎといえばできすぎのストーリーだが、おそらく記者の意図とは正反対のストーリーになっているだろう。自分の考えが正しいと確信し、なおかつ会社の戦略と異なっている場合、会社に従うか、辞めるかの選択が残される。これが意味するのは、若手が現場から組織改革を成功させるのは原理的に不可能ということだ。

そもそも営利企業の構成員で、経営者や株主以外の人々、ここでは現場の若手社員が、その組織の基本的な構造を改革する権利を持っているという主張そのものが無意味なのだ。営利企業は宗教団体でもないし、政治団体でもない。学生のサークルでも、劇団でもない。そもそも営利企業は、その一人ひとりの構成員が、自分が正しいと考えたことを実現するための組織ではない。あくまで組織として利益をあげることが最低限の存続条件である。にもかかわらず、あたかも組織改革を引き起こせるかのような幻想を、読者である若手社員に抱かせるこの特集は、危険でさえある。この記事に触発された若手社員は、遅かれ早かれ幻滅を味わうことになるからだ。

むしろ「あなたの企業の戦略をもっとも効率的に実現するために、あなたには何ができるか?」と、若手社員に問いかける特集にすべきだった。そして「戦略が気に入らないのなら、転職せよ!」というメッセージを正直に投げかけるべきだった。なぜ若手主導の組織改革が可能であるかのような幻想を『日経アソシエ』が描き出す必要があるのか、僕にはよく理解できない。その理由があるとすれば、この特集記事で若手社員に「ガス抜き」をしてもらいたいという親切心か、あるいは記者本人がこういった幻想を信じてしまっているのか、最悪の場合、そこまで考えずに世の中に流布する紋切型をそのまま特集記事として展開してしまったのか。

こんな記事がちょっと高級な週刊誌の特集を飾っているかぎり、日本の若手会社員は定年まで「定時後のグチ」に憂さを晴らす、しなびた生活から抜け出すことはできない。



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