今回は唐突に「鬼怒川温泉の歩き方」と題して、鬼怒川温泉を効率的に楽しむ方法を考えてみたい。一泊二日であっても二泊三日分、鬼怒川温泉郷の温泉をじっくり楽しむ方法についてである。前提とする読者は、関東圏に住んでいて、週末や三連休にあまりお金をかけずに近場の温泉を味わいたい、日光猿軍団やトリックアートのようなアトラクションではなく、あくまで温泉を和の情緒で味わうことが主目的という人々である。
鬼怒川温泉には東武鉄道の特急「きぬ」に乗車する。足立区の北千住駅から終点の鬼怒川温泉駅まで2時間弱なので、新聞でも読んでいると、ほどなく到着してしまう。春日部駅から乗車する場合は、2両目と5両目しか扉が開かないので注意が必要だ。
できるだけたくさんの温泉を安価に味わいたい人には、鬼怒川温泉の湯めぐり『さくら通り温泉三昧 宿はち湯めぐり券』(以下「宿はち」)というサービスに加盟しているホテル・旅館に宿泊するのがよい。「宿はち」とは、その名のとおり鬼怒川温泉駅前の「さくら通り」という通り沿いに建っているホテル・旅館の加盟店のいずれかに一泊すれば、他の加盟店の温泉に無料で立ち寄り入浴できるというお得なサービスである。ただし、バスタオルやタオルは付いていないので、必ず宿泊したホテルのタオルを持ち歩き、バスタオルが必要な人は自宅から持って出かけるように。
まず加盟店のうち、どのホテルの温泉に、何時に入浴したいかをメモしておく。それを宿泊したホテルのフロントにわたして「『宿はち』を利用したいのですが」と言うと、フロントの人がそれぞれのホテルに、指定の時間で日帰り入浴できるかどうかを電話で確認してくれる。ホテルによっては、たまたま団体客があったり、満室だったりで、入浴できない場合があるからだ。
入浴可能の確認がとれると、宿泊したホテルの印鑑を押したチケット(といってもコピーをはさみで切り取ったような安っぽい紙)を、立ち寄る宿の数だけ発行してくれる。あとは、そのチケットを立ち寄り先の宿のフロントで提示して「『宿はち』で日帰り入力させてほしいのですが」と告げればOKだ。これで時間の許す限り、加盟店の温泉をつぎつぎとハシゴできる。
2005/09/25現在「宿はち」加盟のホテル・旅館は次の8施設である。ホテルニューさくら、佳祥坊福松、鬼怒川御苑、旅の宿丸京、京屋ホテル、谷川ホテル七重八重、旅の宿二葉館、里の宿千春。筆者が入浴したのはホテルニューさくら、佳祥坊福松、鬼怒川御苑だけだが、鬼怒川御苑とホテルニューさくらが星4つ、佳祥坊福松は星2つという感覚だ。
さらに、鬼怒川温泉といえば、吹き抜けになっているロビーの豪華さで有名な「あさやホテル」だが、あさやホテルには1,000円から日帰り入浴できるプランが用意されている。こちらはタオルとバスタオルが付いて1,000円なので、あさやホテルの広々した展望風呂だけでなく、空中庭園露天風呂「昇龍の湯」にまで入浴できることを考えれば、非常にお得であることがわかる。東京お台場の大江戸温泉物語など目ではない。
おすすめは入浴のみ1,000円のコースではなく、昼食付き1,500円のコースである。あさやホテル4階にある、小粋で落ち着いた内装の和風ダイニング「和彩工房」で、ハヤシライスや稲庭山菜うどんなど、和洋とりまぜた所定のメニューから一品、軽く昼食をとってから入浴することができる。あさやホテルの日帰り入浴は12:00からなのでご注意を。「昼食をとってから入浴」と書いたのは、そういう意味なのだ。
以上をまとめると、1泊2日で2泊3日分の温泉を味わうプランは次のようになる。都内を9時台と、少しゆっくりめに特急「きぬ」で出かけても、午前中には鬼怒川温泉駅に到着できる。大きな荷物は改札近くにあるコインロッカーにしまい、チェックイン時間はどのホテルでも15:00前後なので、それまでは典型的な観光地で時間をつぶす。
もっとも手軽なのは、駅前のバス乗り場の0番から出発する東武ダイヤルバスの「日光江戸村・東武ワールドスクウェア・鬼怒川温泉駅」巡回バスに乗って、東武ワールドスクウェアなり、ウエスタン村なり、日光江戸村なりに足をのばすことだ。
ちなみに東武ワールドスクウェアは、言わずと知れた、1/25スケールのミニチュアで世界各国の遺跡や建築物を再現しているというテーマパークだが、2006/03/31まで「カールおじさんを探せ!」という、少し前に流行した「ウォーリーをさがせ」のようなイベントをやっている。
何をするのかといえば、例えば東京駅の1/25スケールのミニチュア(実際にはミニチュアとは言いがたいほどの大きさなのだが)には、駅から流れ出す群集もちゃんと作りこまれている。その中にカールおじさんがまぎれこんでいるので、それを探し出そうというものだ。すべての展示物を合計すると、何と14万人(14万体?)もいるというから、その中からカールおじさんを探すのは、けっこう骨が折れる。骨折って探した挙句、のんびりにこにこ顔のカールおじさんを発見したときの脱力感は、都心のテーマパークでは味わうことのできない新鮮な感動をもたらす。これだけでもホテルのチェックイン時間まで、じゅうぶん遊べること間違いなしだ。
ただし、東武ワールドスクウェア内で昼食をとる場合は「世界のファーストフード「アミューズマルシェ」はやめておいたほうがいいだろう。セットに必ず付いてくるフライドポテトが、一般的なハンバーガー店で食べたことがないような珍妙な味がする。
ほどよい時間になったら、同じく東武ダイヤルバスで鬼怒川温泉駅までもどり、そこから「さくら通り」沿いにある「宿はち」サービス加盟店まで、ゆっくり歩いて行こう。サービス加盟店の8施設のどこを選んでも、駅からは徒歩10分圏内である。筆者が立ち寄った限りでのおすすめは、鬼怒川御苑と、ホテルニューさくらである。
鬼怒川温泉の旅館は、川に面した渓谷の見下ろせる部屋と、山側の部屋とで料金が異なる。直前に安価に予約すると、どうしても山側の部屋になってしまうのは仕方ない。ただ、温泉や露天風呂、ロビーや食事の会場となる場所は、だいたい川に面しているようだ。
宿に着いたらまず入浴である。団体客などが到着する前、早めに入浴すれば、広い浴場や露天風呂を独り占めできる可能性が高い。そして、ゆっくり入浴しても、夕食会場に一番乗りできる時間帯である。夕食や朝食がバイキング形式になっている場合は、出遅れると料理の前に長蛇の列ができること必至なので、こちらも早めに出かけるのが定石だ。
夕食を済ませたら、だいたいホテルのロビー近くにある売店でお土産を物色したりするのが、ペンションなどと違う、和風宿泊施設の醍醐味である。部屋でくつろいでいると、ホテルの売店はさっさと閉店してしまうので、夕食を終えたらまずは売店を冷やかしに行きたい。残る就寝までの過ごしかたは、好き好きということになる。
和風宿泊施設の朝は早い。チェックアウトのとき、フロントで「朝8時に布団をあげにきた。早すぎる」とクレームをつけている老夫婦がいたが、とんだ見当違いである。チェックアウト時間が10時で、それまでに朝食を済ませる必要があるのだから、8時に起床するのは当然である。それが嫌なら和風宿泊施設に泊まるのをやめればよい。
また、朝食についてもバイキングの場合には早めに行かないと、長蛇の列になる。収容能力の高い宿泊施設では避けられない事態だ。客室数が多く、それなりの規模のホテルだからこそ、広々した大浴場や露天風呂が楽しめるのであって、早起きしなければならないのは、その「ひろびろ感」とのトレードオフである。
朝食を済ませると、かろうじて朝風呂に入れるかどうかの時間をおいて、もうチェックアウトの時間になる。「宿はち」で、午前中に入力時間が設定されている宿の、立ち寄り入浴が予約できればラッキーだが、そうでない場合は、あさやホテルの12:00からの日帰りプランを狙うことになる。ゆっくり鬼怒川温泉駅にもどって、そこからタクシーであさやホテルに向かうと5分程度、ツーメーターで到着してしまうので、しばらくは宿泊した宿のロビーで、朝刊でも読みながら時間をつぶす。
チェックアウト時に「宿はち」のチケットを発行してもらうのを忘れないように。事前に、どの宿泊施設に何時に入浴したいかを決めておいて、フロントでそれぞれの宿に確認の電話をしてもらうというのは、先述のとおりだ。最初にあさやホテルの日帰り入浴をすることを計算に入れて、「宿はち」サービスをつかって最初に入浴する宿の予約時間は14:00以降に設定しておくとよい。
11時ごろになったら鬼怒川温泉駅まで、ゆっくり歩いてもどりながら、道々、みやげ物店を冷やかす。駅でふたたび大きな荷物をコインロッカーに入れて、タクシーであさやホテルに乗りつける。フロントで日帰り入浴の昼食付きコースと告げると、巾着式のビニール袋に入ったバスタオルとタオル、歯みがきのセット、そして昼食用のチケットをもらえるので、吹き抜けのラウンジでしばらくゆっくりしてから、4階「和彩工房」で昼食をとる。
昼食をとったら、ゆっくりとあさやの温泉を楽しむ。屋上にある空中庭園露天風呂「昇龍の湯」は、おそらく天気の良い日に入れば最高だろう。筆者は小雨そぼ降る肌寒い初秋に入浴したわけだが、それでも、低い雲が垂れ込める山の峰が目前に迫り、ぬるめのお湯でゆっくりと景色を楽しむことができた。屋内の展望風呂も広々してのんびりできる。
あさやホテルを堪能したら、徒歩で「さくら通り」までもどる。せいぜい5、6分の距離である。そして「さくら通り」沿いにある「宿はち」サービス参加施設の温泉を、計画したとおりに順番に味わっていき、特急きぬの終電1時間前くらいに鬼怒川温泉駅まで帰り着くようにする。
鬼怒川温泉駅前の飲食店やみやげ物店は、夕方6時にもなるとほとんど閉店してしまう。鬼怒川温泉には夜に宿泊客が繰り出すような繁華街が存在しないため、宿泊客は宿泊したホテルや旅館で豪華な夕食をとって、温泉に入って、決して外出はしない。そのためたとえ鬼怒川温泉駅前であっても、ほとんどゴーストタウンと化す。帰りの特急の車内で弁当でも食べて帰ろうと思っても、その弁当を買う店もない。駅構内の売店もすでに閉店している。
そんな中、唯一まともな雰囲気で、まともな味の食事にありつけるのが、カフェ&レストラン「らいふ」>である。普通においしいパスタや、オリジナルのぽん酢ソースとわさびのついたローストビーフなどを、暗めの落ち着いた照明の店内で、R&BをBGMに食する。(唯一「まともな雰囲気で」と書いたのは、この「らいふ」の向かい側に、どこにでもよくあるような油のしみついた中華料理店が店を開けていたからなのだが、センスの良い洋食店より中華が好みの方はこちらもどうぞ)
特急「きぬ」の終電は鬼怒川温泉駅始発なので、発車時刻19:27のかなり前からすでにプラットホームに停車してドアを開いている。終電時間帯の特急「きぬ」は車内販売がなく、車内には缶ジュースの自動販売機しかないので注意したい。といっても、駅構内の売店さえ閉まっているので、軽く何かを食べたいと思っても、都心に着くまでは辛抱である。
「らいふ」で夕食を終えたら、ゆっくり駅まで歩いて、あとは発車まで車内でくつろごう。おそらく終電近い特急「きぬ」は、往路の朝の時間帯に比べると空席が目立っているはずだ。列車が走り出すと、満腹感にうつらうつら。目が覚めたころにはもう東京二十三区内に入っていることだろう。
以上のプランで鬼怒川温泉を回れば、少なくとも4軒のホテル・旅館の温泉を味わうことができることは間違いない。1泊分の料金で2泊分の温泉を楽しむ鬼怒川温泉旅行。決して僕は東武鉄道の回し者ではない。景気が回復しても、将来、退職金制度が、年金制度がどうなってしまうか分からない1970年代生まれの世代にとっては、「安・近・短」旅行は依然として存在意義を失わない。